ハンドリング関連エントリー

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なんだかんだで心に染みいる良い車、C5さんのインプレを続けましょう。 【ハンドリング】 ■こわくない> ・ロールしない。コーナーに結構な速度で突っ込んでもこわくない。 ・切れが良くスパっとノーズがインを向くのだが ...

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ハンドリングしたいです(BlogPet)

きょう、むろっちと理髪店も獲得されたみたい… だけど、きのうラブが、ハンドリングしたいです。 それで猛攻が発揮したよ♪ それでスーパースターとか奪取する? *このエントリは、 ブログペット の「 ラブ 」が書きました。

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ドナルドのハンドリング

... よしみ3kで単発のまれ15kすりました いつになったら珍島物語聞けるの?/(^o^)\ --- そういえば、ドナのハンドリングしてるところって写真撮ってないなーと。 只今こんな感じの大きさです。506g。 アオダイショウには負けるけどコーンより ...

ドナルドのハンドリング

ハンドリング講習会

ドラゴンハットで滋賀県クラブ連合会展がありました。 連合展の時はお昼にハンドリング講習会が催されます。 我が家は引退犬ばかりですが、いつか何かの役に立つかも と ミカコさんと一緒に受講させていただきました。 ...

ハンドリング講習会

ハンドリングに関する質問

ハンドリング 制御系プログラマから空港グランドハンドリング業界への転職

。。。この相場であっていますか?グランドハンドリングという仕事についていろいろ知りたいです。ちなみに私はマーシャラーとか、プッシュバックや荷物運搬ぐらいしか知りません。。。たとえばそういった会社に採用されて、グランドハンドリング業務を経て昇格

  制御系プログラマから空港グランドハンドリング業界への転職の詳細


ハンドリング オーナーハンドリングを教えて頂きたい

ドッグショーを見学して私も是非 愛犬と一緒に出たいと夢を持っているのですが岡山県なのですがオーナーハンドリングを教えて頂ける所はどこかありますでしょうか?

  オーナーハンドリングを教えて頂きたいの詳細


ハンドリング ボールハンドリング

ボールハンドリングとはいったいどんなものが、どのくらいあるんでしょうか家でやったほうがいいというハンドリングはどんなのがありますか?教えてください。

  ボールハンドリングの詳細


ハンドリング グランドハンドリングスタッフになりたい

現在普通科の高校に通っている高1の男子です。空港でグランドハンドリングスタッフとして働きたいと思っています。そこで、グランドハンドリングスタッフになるには、これからどのような進路を進めばいいのでしょうか?また、どのくらいの学力(科目とかできれ

  グランドハンドリングスタッフになりたいの詳細


ハンドリング R32GT-Rはハンドリングマシンなのか?

日産の901運動によって誕生したR32GT-Rは、本当にハンドリングマシンと呼べる車なのでしょうか?フロントヘビーのアンダーハンドリングというイメージしかないのですが。実は5年前に走行15万キロ、ワンオーナー、無事故・無改造車を親戚から譲り受けたのです

  R32GT-Rはハンドリングマシンなのか?の詳細


ハンドリング旅行記

セスナで行く関空【フライト編】(by jilllucaさん)

ハンドリング
【手続き編→
  • http://4travel.jp/traveler/jillluka/album/10121809/
  • 】からの続き


    <2004年9月16日 八尾空港14:20離陸 関西国際空港14:45着陸>

    様々な手続き(手続き編参照)を経て許可を受けた関西国際空港へのフライトの、今日がいよいよ実施日です。
    八尾空港の気象庁事務所で関空の天候をチェック、風が強いの除くと特に問題がないようなのでフライトの実施を決定する。
    続いて同じ建物内の国土交通省事務所に飛行計画書を提出する、
    KIAC(関西国際空港株式会社)へは15時着陸で申請を出しているけど、エアライン機の集中の度合次第では長時間の空中待機も予想されるので八尾を何時に離陸するか考え所である・・・結局20分程の余裕を足して飛行計画書は14:20離陸、フライトタイムは実際20分くらいで着くだろうが余裕を見て40分と記入した。
    「関空行くんですか?パーミッション(許可)は取ってますか?」受付てくれた管制情報官の方が驚いたような顔で聞いてきた、やはり八尾から関空に行くフライトは少ないそうだ。
    いつもの様に機の点検を行い、地上走行許可をもらいRWY(滑走路27)までタクシーする。
    今日はトラフィックが少なくあっさりと離陸許可がでる、RWY27から離陸し、500ftまで上昇し南西方向に旋回し、八尾空港の目視報告点Nakamozu(南海電鉄中百舌鳥駅上空)に向かう。
    今回はすぐに着陸するのであまり高く上がっても仕方ないので1000ftで水平飛行に移りNAKAMOZUで八尾の管制塔の周波数を離れる、
    次いで関西TCA(関空のレーダー管制官)にコンタクトし、「KansaiTCA,JA○○○○,5Miles southwest of Yao 1000,Destnation Kansai international airport via SKE Rinkuh, Reqest TCA advisary(関西TCA こちらJA○○○○、八尾空港の5マイル南西1000ft、目的地は信太VOR リンクウポイント経由関空です、レーダーアドバイスお願いします)」と送信する、通常であればパイロットが英語で送信すれば管制官も英語で返してくるのだが今回は日本語で返答があった「リンクウでのミッションは何分ですか?」・・・つまり管制官は私が関空に着陸するのではなく、リンクウポイントで空撮かなにかの仕事をするものと勘違いしたようだ、まあ無理もないけど・・・「Negative,Request Landing to
    Kansai international airport, spot501(違います、関空への着陸を要求します、スポットは501番です)」と返信する。
    (注:以下の管制通信は英語で行っていますが日本語訳表記に戻します)
    次いで管制官から「リンクウを経由ではなく、直行は可能ですか?」、私「問題ないです」、管制官「それでは関西タワー(管制塔)に周波数変更してください」、私「了解」。
    岸和田上空で周波数を切り替え管制塔を呼ぶ、すると管制官「2時の方向3マイルのDC-10が見えますか?」、私「見えます」、管制官「それでは彼の後ろに続いてください、後方乱気流に注意してください、ベースレグで報告ください」・・・「了解」と答えDC-10の見える方向に旋回する、大型機の後ろを飛ぶ場合、主翼から発生する乱気流に巻き込まれるとセスナなどは叩き落されてしまうので注意が必要、今日は風が強く乱気流も拡散されるのであまり影響はないと思われるが、乱気流は先方機の下方に発生するので念のためDC-10よりも高めの位置をキープして進入する。
    ベースレグに入りレポートすると、管制塔から「進入を継続せよ、先方機は現在滑走路末端を通過中、後続機があなたの後ろ8マイルにいる機種はB767」と言ってきた。
    滑走路を見るとDC-10が接地したところだった、DC-10が誘導路に出ると着陸許可がくるはずだ・・・管制塔「JA○○○○、後方乱気流に注意せよ、RWY24に着陸を許可する、風は260度から16ノット、5マイル後ろにB767がいる、着陸後はR5誘導路で滑走路の外に出よ」・・・つまり後ろに767がいるので着陸後は速やかに滑走路外に出てくれとのお願いである、「了解」と答え、こちらからR5誘導路に出れるようにロングタッチダウン(通常の接地点より中央よりの接地)を要求し、承認される。
    何せ後ろの767とはあまりにもスピード差がありすぎる、もし私が上手く滑走路から出れない場合は、もちろん767には着陸許可が出ずにミストアプローチ(進入のやり直し)かゴーアラウンド(着陸のやり直し)が指示される・・・そうなると最悪の場合767は再度、淡路島くらいまで飛んでからの再進入となる、海外から飛んできたパイロットとお客さんにそんな迷惑は掛けれないので、こちらもかなり緊張する。
    普段ならフラップを降ろし60ノットくらいで進入するのだが、後ろとの間隔を守るためノーフラップ90ノットで巡航降下していく、それでも767のミニマムスピードよりももちろん遅い。
    滑走路末端を普段より高く通過、パワーを絞りフラップを一気に下ろす、後ろに引っ張られるように減速するが、必要以上に機首も上がり失速の危険もあるので必死に操縦桿を押し適正スピード
    を保つ・・・結局、あまり接地のための機首上げができないまま接地した、軽くぽんぽん跳ねるような感じでブレーキもなかなか踏めない・・・しかもR5誘導路はかなり先にある・・・どうしようか?・・・管制塔から「次のR4から誘導路に出よ、関西グランド(地上交通を管制している管制官)にコンタクトせよ、おつかれさま」と送信があった、さすが国際空港の管制官機転が利く、「サンキュー」と返事し一番近いR4誘導路に出て暫く経つと後ろを767がスラストリバーサーを効かせて走り抜けて行った。
    ここからは関西グランドの指示通りに空港島西端の小型機ゾーンにある501番スポットまでタクシーする、途中のカーゴエリアでは巨大なB747が何機も駐機していてセスナで走るのは誇らしいやら、恥ずかしいやら妙な気分だった。
    5分程走り501番スポットに近づくと近くに停めてあった車から女性が出てきて機を誘導してくれた、今回の関空からの出入り(スポットが立入り制限区域内にあるので歩いて空港外に出る事が出来ない)でお世話になるハンドリング会社スカイサポートジャパンの方である。
    機を停め、チェックリストを終了して外にでると、その女性が名詞を差し出しながら「ようこそ関空へ、関空でこんなかわいらしい飛行機見たのは初めてです、記念に写真撮らせてください」とのご挨拶を受けた。喜んで頂けてなによりである。
    車にはもう一人男性の方もおり名詞をもらい今回の費用(送迎費用10,500円)の支払いを済ませ、厳重にガードされているゲートから空港外に出て、本日のお宿「ホテル日航関西空港」まで送ってもらった。

    訓練生時代からの一つの夢、関空への着陸が実現した、エアラインパイロット以外で関空に着陸した人はそうそういないと思う。
    やはり他の空港とは違い、旅客機の離着陸数が多く気を使う場面も多かった・・・でも充実した気分だった。
    その夜はKIACに勤務する友人に空港内の天ぷら屋で夕食をご馳走してもらった、彼曰く「ほんとにセスナで来るなんて・・・会社のみんなも珍しいって結構喜んでたよ」・・・喜んでもらってなによりである。

    セスナで行く関空【フライト編】終

    【旅行時期】2004/09/16~2004/09/16
    【エリア】関西空港・泉佐野
    【テーマ】鉄道・乗物
    【投稿者】jillluca

    セスナで行く関空【手続き編】(by jilllucaさん)

    ハンドリング
    「セスナ機で関西国際空港へ行けないものか」・・・と最初に思ったのは、まだライセンス取得のための訓練中の頃でした。
    私は大阪・八尾空港で訓練していたのですが、ナビゲーション(航法)訓練で行くのは主に岡山、高松、南紀白浜、但馬の各空港で・・・八尾から最も近く、そして最も遠い2つの空港・・・大阪国際空港と関西国際空港には強い憧れを持っていました。
    大阪国際空港には騒音規制による発着本数制限がありセスナ機の離着陸は事実上無理、一方の関西国際空港は一定の条件の下で離着陸が認められると聞いていた。
    とはいえ関空は国際空港・・・他の空港(例えば高松や岡山、名古屋等)と違って、電話一本「今日15時に行きますので、スポットお願いします」って訳にはもちろんいかない。
    この旅行記ではまずはその手続きからご紹介します。

    まずは訓練でお世話になった航空会社で関空に関する航空局の通達を調べてみる。
    それによると平成13年3月に、それまで認められていなかった有視界飛行方式による小型プロペラ機の受け入れを認め、それに伴い最低着陸料をセスナC172クラスの飛行機で25.200円(国内フライト、税込)とするとの内容を見つけた。
    それにしても着陸料が25.200円とは・・・普通の空港なら1.050円なのに・・・さすが国際空港!!さすが関空!!

    値段はともかく、これによりセスナでも関空に離着陸が可能と分かったので、関西国際空港株式会社(KIAC)に電話し、申請方法を教えてもらい資料をFAXしてもらった。
    それによると、

    ①まず「運航調整書」を国土交通省関西空港事務所に提出する、
     そして離着陸希望時間帯にスロット(離着陸便数)の空きが
     ある場合、KIACに転送されスポット(駐機場)にも空きがあ
     る場合に運航が許可される。

    ②運航が許可された場合、KIACに「関西国際空港離着陸等施設
     使用届」を提出する、それが受理された段階で関空の使用が
     可能となる。

    ③同時に「空港使用に係る代理人手続き等に関する確約書」を
     提出する。これは関空はスポットも含め全て立ち入り制限区
     域内にありパイロットといえども許可なしに立ち入れないか
     らで、スポットから空港の外まで業者に送迎をお願いしなく
     てはならず、その確約書が必要になる。

    ①の「運航調整書」は8月5日に提出、8月18日に許可のFAXが自宅に届いた、自分で申請しておきながら許可される可能性は低いと考えていたので許可が下りて少しびっくりした。
    続いて②③を提出、スポットから空港外への送迎は、KIACに紹介してもらった空港でのハンドリング会社3社で相見積もり・・・やはり小型機でしかもパイロット一人だけで関空にくる事なんて想定されていないのか大手の2社は送迎と制限区域の立ち入り許可書の取得だけでも約3万円と高額、「スカイサポートジャパン」と言うそれまであまり聞いたことのなかった1社が税別1万円で受けてくれるとの事だったのでそこの会社に即決した。

    これで関空の離着陸に関する申請は終了、あとは着陸料の支払いを銀行振込みにする為の書類の提出を済ませて、出発日を待つばかりとなった。
    有視界飛行のため当日の天候次第ではフライトをキャンセルしなくてはならない、再度同じ様に申請するのもしんどいので是非当日は晴れてほしいものである。

    セスナで行く関空【手続き編】終 【フライト編→
  • http://4travel.jp/traveler/jillluka/album/10122498/
  • 】に続く

    【旅行時期】2004/09/16~2004/09/16
    【エリア】関西空港・泉佐野
    【テーマ】鉄道・乗物
    【投稿者】jillluca

    バンコク・ スワンナプーム国際空港(by ルート0.6さん)

    ハンドリング
    カンボジアへ行くのにバンコク経由となり、クーデターの中で開港したばかりの新空港を体験することができた。

    ヘルムート・ヤーンによるターミナルはタイムトンネル(古い!)のような楕円断面を持つ7つのコンコースでできており、ゲート付近は大変明るく開放的である。巨大空港であるが、ターミナルはひとつで国内線・国際線とも全て同じターミナルで乗換えが可能だ。ただその大きさ故に移動も大変で、サインもまだ完全でなく、従業員も慣れていないため戸惑うことも多々あった。しかし、4階のショッピングエリアはとにかく長く、多くのブランド店や高級ブティック、レストランが延々と続いている様は圧巻である。また時間によって伝統芸能なども披露され、利用者たちを飽きさせない。やはりターミアルはひとつの方が、航空会社による運不運もなくスッキリして気持ちがいい。因みに7階には展望デッキがあるようだ。

    ターミナルビル自体は完成してから1年以上経っており、メンテもあまりよくないようで、ガラスの汚れが目立つのにはちょっとがっかりさせられた。また、バゲージのハンドリングもひどいらしく、出てくるのに数時間待たされるという話もある。今回は、ここを経由してシェム・リアップへ行ったのだが、予想通りバゲージは次の日まで来なかった‥‥。

    このあたりのソフトは今後改良されていくことだろうし、まさに東南アジアのハブ空港としての位置付けがはっきりした巨大空港と言えるだろう。

    タイ国政府観光庁による案内
  • http://www.tatnews.org/tourism_news/3033.asp


  • タイ国際航空による案内
  • http://www.thaiair.co.jp/special/nbk/index.html


  • スワンナプーム新バンコク国際空港 徹底ガイド
  • http://www.bangkok-busmap.com/suvarnabhumi/


  • グーグルマップではココ。
  • http://tinyurl.com/yzrstp

  • 【旅行時期】2006/10/18~2006/10/18
    【エリア】バンコク
    【テーマ】
    【投稿者】ルート0.6

    BMW博物館(by うまいもん大好きさん)

    ハンドリング
    実は行ってました。BMW博物館。メルセデスと違って、新しい感じがしますね。
    ミュンヘンで美味しいもの食べて至福の時を過ごしてまして、お腹一杯で暇だったので行ってみたのですが、やっぱり行って良かった。一度は行っておくべきですね。メルセデス博物館よりも規模は小さいですが、BMWの「走り」に対する姿勢が伺えます。
    世界的に見ても、これだけハンドリングにこだわった会社はありませんね。ポルシェを除いては。

    【旅行時期】2005/08/~2005/08/
    【エリア】ミュンヘン
    【テーマ】ドライブ
    【投稿者】うまいもん大好き

    我がために鐘がなる、だがそれは警笛~スペイン・フリーソロ紀行~(by アルピニスとしさん)

    ハンドリング
    何をしないといけないかは判っていた。何物にもかえ難いと思える友人とのベルギーでの集いは昨日で最後となった。僕はある用事のためスペインへ赴かねばならず、彼を空港まで見送ってやる事も出来ないが、彼と僕との友情を何らか僕なりのやり方で伝えたいという思いがあった。真の友情には多くの言葉はいらない。言葉だけでは伝えきれない強い思いがあって、言葉にしてしまうと陳腐になってしまう。僕は敢えて多くの言葉をさよならの前に挟み込まなかった。そして、今日確信した。そう、僕達のそれぞれの思いやその絆は登攀においてこそ証明されるのだ。僕の強い思いは、壊れかけたようなボーイング737-800がヘローナの大地に降り立った時には確固たる物になっていた。

    空港で借りたアルファロメオ147はパネル表示を5カ国語のどれかから選び出せるうえ、クルーズ・コントロールが搭載されていて、なかなか使い勝手のいい車だ。本当はスペインに来たのだから新型のセアト・コルドバあたりを試してやるつもりだったが、オペル・アストラかこいつしか他に選択肢が無かった。勿論、金を貰ってもスペインではアストラなんかに乗りたくないし、そもそも僕はアルフィスタなのだ。まあ、シフトの位置がタイトすぎるきらいがあるのとサイドミラーのデザインに戸惑いを覚える以外はモンセラ(モンセラート)まで快適に飛ばせた。モンセラは道路や木々を割って入るような感じで突然現れた。

    アルファロメオ147がハッチバックであるせいなのか、息苦しく感じた。この息苦しさは-。緊張感か眼前の岩肌が無言で僕を締め付けてくると言うような、なんだか畏怖心みたいなものかもしれなかった。山とというか石群というのか。迫り来る巨岩達の規模は僕の想像をはるかに超えていた。吸い寄せられるように近づいていく。そのでかさが尋常ではないせいか、地面を走行して近づいていくのだと認識できなくなりそうなくらいだった。与えられる緊張から、飛行機で近づいていくような錯覚を持たされたといっていい。空艇部隊の連中と一緒にC-130に乗せられパラシュート降下で敵地に乗り込めと命令されたような、そんな感覚に襲われた。






    今回はメインになる行事がクライミングではなかった事、最近特に仕事が忙しかった事が重なって情報収集が完璧ではなかった。それと一年前のコスタ・ブランカ近辺の時のように、スペインではトポは簡単に手に入るものと決めてかかっていた事もあるのだが、そこに落とし穴があった。観光案内所や土産やに立ち寄るも、モンセラのトポは売り切れだったのだ。厳密に言うなら、完全版のトポがあったのだが、カタラン語版だったのだ。24ユーロもするのにコメントが理解できないトポを買う気にはならなかった。スペイン語が出来れば何とでもなると考えていた甘めの公算はここで早くも撃ち砕かれてしまった。念のために、観光案内所で、「どの辺りでフリークライミングを行う事が出来ますか?」と聞いてみたところ、返ってきた答えは「目に入る岩場全てで可能だ。」等と、禅問答よろしくの対応だった。(もっとも、この解答こそ最も至極な物であると後に知る事になる。)目の前の奇岩群全てといわれた僕は圧倒されというか途方にくれ、あるいは仕方なく、インターネット経由で予め仕入れておいたトポをあてにするとし、Saint Jeroniサン・ヘローニにある4c/120mの『トラス・ヌビオラ』に挑戦するつもりになった。ルートまで一時間ほど歩かなくてはいけなさそうだ。いずれにせよ、この日は夕暮れ近くのタイムアップで迎えたため、後日出直す事とした。とりあえず、簡単に観光を行う。日本人の団体客もやはりいる。元気な日本のおばちゃん達を見ると日本もまだまだ大丈夫かなと妙に安心した。その他、ローカルクライマー達の姿をみとめた。ヒッピーじみたイデタチも巡礼地というロケーションで見事にマッチしていた。何を話しているのかはカタラン語の為、解読できない。ヴァレンシア地方とは違い、この地ではスペイン語はあまり役に立たないのか。



    さて、モンセラより9km離れた場所に宿を取った僕だが、次の日には比較的早くモンセラに戻ってきた。3ユーロの駐車代を気持ちよく払うつもりで中心部最短距離に駐車。Saint Jeroni(サン・ヘローニ)までの距離を稼ぐつもりでSaint Juan(サン・フアン)までロープ・ウェイを利用するつもりだった。しかし、ここで思わぬ事態が発生した。時雨模様。Sin fin.終わりなく降り続くのか。そんな不安が過る。仮に、サンへローニまで辿りついたとしても、雨だと登れない。悔しさと安堵の入り混じった複雑な気持ちが交錯する。「やろうと思っていたのに天候に阻まれてしまった。」

    そんな言い訳も思い浮かぶ。雨が降ったのなら『残念だったね。』以外誰も何も言わないだろう。しかし、ふと友の渾身の登攀が脳裏に投影され、逃げ口上を思いついた自分をなじった。なんとしても登るのだ。そう思い、唇を噛んだ。

    それにしてもクライミングは天候に左右されるものだ。今更ながらにそう思う。その時、突然にして『キャンピング』の表示が目にはいった。キャンピングの中には詳細を含んだトポが置かれているとインターネット上で目にした記憶がある。僕の進路はキャンピング場へと取られた。

    キャンピング入り口に管理小屋がある。中を覗くと、クライミング関係のポスターやら写真やらが所狭しと貼られている。期待できそうだ。直に呼び鈴を鳴らす。30代前半の僕よりもやや年配の男が出てくる。僕はすかさず、「ここにトポはありますか。」きいてみる。それに対して、「トポは無いよ。本屋で売っているだろう。」とありがちな解答。客でもないのに甘かったか。「この近くで登れるところってありますか。」僕はそれなりにくいさがった。「この辺でも登れるよ。だが、君は装備を持っているのかね。」軽装の僕を見やりながら男の目が光る。「いや、今は無い。とりあえず偵察に来ただけだから。」僕の言い訳に男は何か見透かしたような表情を浮かべたが、既に「グラシアス。」と「アデウ。」を吐き出し、僕はその場を遠ざかっていた。

    困りながら歩きつづけるとよさげな岩肌が見えてきた。礫岩で50mくらいのがそびえ立っている。僕には直感でここは登れるルートだと悟った。すぐにアプローチの迎撃体制に入る。ブッシュに飛び込む。頂上を見やると、薄く霧が掛かっていてなんだかアルパインな気分。しかし、この能天気さが後に泣きを見る要因に・・・。






    草木を掻き分けながら先に進むと前方にはいつもローズマリーらしき植物。食用ハーブしか植物をよく覚えられない自分が情けない。後に知るのだが、ローズマリーはスペイン語では〈巡礼者〉の意味ももっており、この巡礼の地モンセラに相応しい植物なのであった。さて、目の前には4~4+が25m、その先は5bくらいはあろうと思われるルートが15m程待ち構えていた。興奮で胸が踊る。単独のため、リュックは背負っていく事にした。というか、そもそもリュック内にはボレアル・スパイダ-、デジカメと貴重品以外にはたいしたものは入っていない。トレッキングシューズと飲料水は出発点に置き去りにする事にした。僕の死闘はここから始まった。

    コースはスラブと言っていいだろう。おろし金のような礫岩のフェイスが続いている。どれもホールドと認識できそうだが、通常4のレベルでありそうな決定的なガバホールドが無いのが特徴だ。足使いは丁寧に行う必要がある。好みと実力の問題かもしれないが、こういう時僕は路面情報の入ってこないハードソールに不安を覚えるタイプなのでスパイダ-を持ってきて本当によかったと思ったのだった。ハンドリングだが、まあパームちっくなものや、小石が欠落して穴が空いている部分らがありがたいホールドと言えそうだ。それなりに簡単だと思えたが、その一方で体がこわばっていくのも感じていた。油断するとズルっといきそうな雰囲気でもあった。這いつくばる感じで進んでいくとすぐに緑に着色されているハンガーボルトを発見した。



    やっぱりな。今回は用が無いと知りつつも少し安心する。名も知らぬ草花に遭遇し、何故か撮影を行う。余裕があるつもりなのか。無意識に上を見ると、霧が増したような気がする。急がなければと思うが、ロープ無しではダイナミックに動くという事は不可なのだった。勿論、中断する気は毛頭無く、断固としてこの登攀を完遂させるつもりだった。また、ハンガーボルトを発見。その少し上には錆びついたリングボルト2個を発見。



    リングの方はPETZLでハンガーボルトの方はFIXEだった。スペインのこんにちの登攀事情を垣間見た気分だ。また、しばらく進んで前方を見上げると、霧は一段と濃くなっている。今までこういった状況下で登攀をしてこなかったので、気づきもしなかったが、もし、アルパインをやっていたらこんな事にしょっちゅう出くわすのだろうか。もうしばらく進んでようやくアプローチ部分を終了し、備え付けのロープを利用して、少しトラバースした。だが、ここからはもう霧に覆われている五里霧中、脱出するのに無我夢中である。



    幸いにしてホールドもきちんと見えるし、フリクションも水の染み出しているゾーン以外はよい。体感的には5b(ひょっとしたら5a)ぐらいで決して厳しいとは思わなかった。ただし、怖いとは思っていた。気分的に背筋は伸びっぱなしだ。体のほてりと手に汗を感じた。もう、撮影の余裕はまったく無い。落ちて大怪我したら格好悪いなあとか、そんな事も頭に過る。しかし、体は動いていく。今までナミュールに通いつづけた事は無駄で無かったと本当に実感した。特に、友と行ってきた最近のハードルート(といっても我々的にだが、)への挑戦が役に立っている。パームとエッジ系テクを地道に決めていくしか活路を見出せない。カラーン、カラーン。修道院からだろうか、鐘の音が聞こえてくる。厳かに鼓舞されているような気がして、今一度ひたひたと気合を入れる。

    瞬時だが、イングリッド・バーグマンの横顔も思い浮かべる。でも、思うに彼女は北欧の人で、彼女的なジプシー系はおろか、そもそもスペイン人に彼女的造形の顔立ちって見た事が無い。やはり、昔からハリウッド映画は設定がいい加減だったのか。それはともかく、気がつくとルートは終わっていた!ここでじわじわと感動を覚え、それは何物にもかえ難いかけがえの無いものだった。







                                





















    とやりたいところだが、実際はここからが問題だった。下を見るとええーっ、なのだ。うそーっなのだ。そう、降りる方がはるかに困難そうなのである。これも霧さえなければ、下降にもっとも適したラインを探り出してからということでさほどの苦労もないと思われた。しかし、実際はホワイトアウト的にきりきりまい。ちょっと泣きたい気分になった。もう、二度とフリーソロやらないって誓うから、神様か誰かここから直に降ろしてくれー。気がつくと少し恐慌状態に近い自分。テレビか何かでみたが、木の上に登って降りられなくなったネコを消防隊員が梯子車で助けるシーン。あれを見ていて、ネコというのは仕方の無い奴だと思っていた自分がそのネコみたいなものじゃないか、おいおいと突っ込みを入れている場合でもあるまい。冷や汗が噴出してくる。まず、落ちつこう。そう思えば思うほど発汗していく自分に気づく。深呼吸してみる。幸いにして木の枝或いは根らしいものが目に入る。霧も下に降りていけばなさそうだ。ライン沿いというよりは使えるものが多い場所へ多い場所へ、或るいはガバ的ホールドが或るところを目指して、(と言っても余りないが・・・。)ジグザグに、右往左往していった。直下せずに下っていくということである。当然のことながら、登りの時とは違う動き、違うムーブで降りる事になる。サイド気味のプルやマントリング、シューズのサイドを使ってスメアリングを行ったりという具合だ。ここで礫岩の事を書いておこう。そもそもフリーソロは危ないけど、礫岩は特に危ない。慣れれば簡単だという話もあるが、やっぱりこの岩の性質として、崩れやすい脆さが命取りになる。そう、下降中、どかっとマッシブに思いっきり崩れたのだ。右足を乗せていた部分から50c?が欠落し、危うくもろとも落下するところだった。思わず、「嗚呼―。」と叫んでしまった。胸の鼓動は特急並隣り、下で砕け散った破片たちを見ながら茫然とした。壁面の小穴に刺さっている自分の指がジーンと震えている。こういうシーンはテレビのドラマか何かで見るものに限る。自分が体験するべきはない。このとき本当にそう思った。それから、直ぐ先に水が染み出している部分が見えた。これを越していかないと次の下降ラインへ入れない。軽いクラックに右足爪先部分ででジャミングして体重を保持、左手は地面の平行線より下、頭もほぼ下になっている状態で右手をレストさせる。今落ちたら頭から落ちるという感触が頭を遮るが、意外と冷めて状況を客観視している自分に驚く。右手をほぼ並行線上の直角に出して、ジャミングを解除すると体がブラーンと降られる、振り子状に体が持っていかれるのを利用して、足下にあった水の染み出し部分を突破した。この動作も室内ジムでなら感動しないだろうが、今回は目的が異なる為、自分の脳裏に焼きつく1コマとなった。一息ついて下を見渡す。ここからはやや楽なスラブゾーン。だが、それにしても長い時間を割いている。斜めに横切って距離が倍以上ということもあるが、ワンムーブ、ワンムーブが精神集中の極みになっている。噛みしめるように動いていく。今思うと、精神的に相当疲労していた。早く終わらないかなあと本当に辛く感じた。  



    ゾーンは簡単なスラブと言ってもマントリングを行なう腕はわなわなと震えるし、気を抜けないのは一緒だ。いや、一手を紡ぎだしていく精神集中がかなりの消耗を誘発していた。でも、やめるにやめれない。かつて、クライミングを始めた頃、インストラクターからクライムダウンの練習をするように言われた事を思い出したりしていた。霧は引いていき視界は良好になったが、汗はひかない。緊張はまだ続いている。ステップも強張ったりするが、気合を入れなおし地道な作業を続けていく。でも、もうやらないぞフリーソロ。心に硬くそう思ったりした。例え、誰かがアメリカの出張帰りのお土産で『ソロイスト=フリーソロ用確保器(ヨーロッパでは入手不可?)』を買ってきたりしてくれてもだ。まあ、それに次からは相棒もただっちも反対するだろうし…。気が遠くなるほど長く思えた下降作業もボルトのラインを確認出来る視界確保下で気が楽になった。それから10数分後、フリーソロ登攀・降下を終えた。馬鹿げた根性試しに過ぎなかったのかもしれないが、クライミングとはなんであるのかを自己に問う修行の意味も少しはあったような気がする。手放しで安全だと錯覚し続けるスポーツクライミングとは違うクライミングの他の一面を再認識したからである。

     じっとりしたTシャツを脱ぎ捨て、ペットボトルの水を半ばむせるようにして飲み干す。見渡すとパノラミックに拡がるモンセラの巨岩群の壮大さに心を奪われた。やはり、登攀は自然を愛でながら行なうのが一番だ。

    次回はソロでなく、最低デュオ、可能ならユニットかメンバー全員でこの地に戻って来たい。

    頑張った僕は自分に勝手に褒美をやる事を決め込み、近辺のカルドナ城に宿を取り、スペインワインを片手に城下の景色を見やりながら、今回の登攀の全記録を回想していた次第である。

    ( 完 )


    【旅行時期】2003/10/~2003/10/
    【エリア】カタルーニャ地方
    【テーマ】ハイキング・登山
    【投稿者】アルピニスとし