ケージ関連エントリー

三段ケージ脱出の怪

... 夜中に、三段ケージのある部屋から異様な音が いつも昼間は寝床でじっとしていて、夜中にトイレや食事をするのですが、その夜はその程度の音ではありません。 そして明らかにケージの外で発生する音です。 いったいどうやって外へ出 ...

三段ケージ脱出の怪

猫の龍馬、ケージの中ー。

新入り、猫の龍馬、少しの間、檻の中やー 高さ、178センチの、ケージ(檻)ですわー 俺よりでかいー 組み立て、大変でしたわー なんか、便のなかに、おったみたいで、2週間ぐらい、檻やー 可愛そうに、みゃーみゃー ...

猫の龍馬、ケージの中ー。

猫用ケージ

リビングに置いてあるケージ2台に、 なぜか4匹入っています^^; ケージの、宣伝用広告に使ってもらえそうな感じ(笑) タグ : 田んぼ猫 コジロー トム マンション猫 ランキングに参加してま~す♪ 1日1回、クリックお願いします。

猫用ケージ

ケージへ帰ろう!

飼い主が外出する時は ももチンとトッティーをケージに帰さなければいけません。 いつもは素直にケージに帰ってくれるトッティー。 でも、私が出かけるのを察すると食器棚の上に逃げて戻ってきません。 オヤツだよ~って呼んでもダメ。。。 ...

ケージへ帰ろう!

サークル(ケージ)

Mダックスを飼うにあたって、 どんなケージ(サークル)にすれば良いか? なかなか悩ましいところでした。 はじめは、 こんな大きくて、 トイレと居住スペースが区切られているサークル ↓↓↓ ▲セール送料無料!ペティオ(トイレ付)【ドッグルーム ...

サークル(ケージ)

ケージに関する質問

ケージ チワワのケージ内レイアウトについて

ています。ケージやトイレをそろえないとなのですが、よく分かりません。ケージの中にトイレやベッドを置くのと、別々にするのはどちらがよいのでしょうか?昼留守にしているときや自分たちが夜に寝ているときはケージの中に

  チワワのケージ内レイアウトについての詳細


ケージ トイプードルのケージ・ハウスの大きさ

)ケージ内にトイレとハウス用のクレートを入れようと考えています。ケージは幅60×奥行90×高さ60cmの物を考えていますが、クレートはどの程度の大きさの物がよいのか悩んでおります。トイプードルを飼っていらっしゃる方で、ケージ

  トイプードルのケージ・ハウスの大きさの詳細


ケージ うさぎをケージから出すには?

います。1日1回はケージ外で遊ばせてくださいと本などで書かれていたので何度もケージからだしてみようと試しました。しかし外に出すために抱っこしようとすると必ず暴れます。そしてケージの中を行ったり来たり

  うさぎをケージから出すには?の詳細


ケージ インコがケージ内の餌を食べないんです

今は31g程度になってしまっています。元気に飛び回るし、ケージ以外の餌もまあまあ食べるのでそんなに心配ないかもしれませんが、やはり私の長時間の外出を考えるとケージ内でもちゃんと食べてほしいのですが、これは自然と食べるようになる

  インコがケージ内の餌を食べないんですの詳細


ケージ 猫用ケージは犬にも使えますか・・・?

猫用のケージを、犬に使うことは出来ますか?うちにある猫用のケージは、柵の部分がプラスティック。犬用のケージは、柵の部分が金属になっているイメージがあるのですが。犬には犬用のケージを用意するべきなのか

  猫用ケージは犬にも使えますか・・・?の詳細


ケージ旅行記

草津よいとこワンコを連れて(by smallriverさん)

ケージ
年に一度は犬連れで旅行に行っているのですが、なぜか一度もUPしてませんでした。

ホテル、旅館、ペンションと泊まれるところは結構たくさんありますが、ペットは隣接する専用のペットホテルだったり、部屋のみで館内はケージに入れて移動とか、施設ごとに決まりがあります。

今回の宿は、館内すべてOK。部屋どころかロビー、食堂、露天風呂まで一緒に入れるところなのです。

【旅行時期】2009/02/21~2009/02/22
【エリア】草津温泉
【テーマ】スキー・スノーボード
【投稿者】smallriver

ニュージーランド旅行記(12):6月24日(1)ワイトモ・グローワームの土蛍(by 旅人のくまさんさん)

ケージ
<2005年6月24日(金)>

 今日が、実質的に今回の旅行の最終日です。この日は楽しみにしていたワイトモの土蛍見学もあります。早朝から夜まで、目一杯のスケジュールです。

<早朝の出発、ワイトモへ>
 初日にHISの係りの方からお聞きしていたワイトモ・ロトルアの1日観光の出発時間は7時10分でした。昨晩、遅くまで飲みましたから、朝の時間に余裕が無く、少し慌てました。それでも約束の時間には準備が出来、7時8分にはホテルを出発できました。エレベータを降りて、ロビーに歩いて行く途中で、ガイドさんと合流出来ました。
 そのガイドさんは、皇室のさる方に良く似た風貌と、おっとりした話しぶりの方でした。どんな字を当てるのか分かりませんが、ハエダさんとお聞きしました。宮崎県出身の25歳の独身の方です。聞くまでも無く、自分から自己紹介されました。運転手さんはモーランさんでした。厳つい顔ですが、もの静かなマオリ族の方です。
 この後、2箇所のホテルを回ってワイトモへの道を急ぎました。7時半を回りましたので、高速道路は、そろそろ通勤ラッシュに差し掛かる時間でした。観光客6名、ガイドさん達を含めても総員8名のこじんまりしたツアーでした。

<ニュージーランドの社会事情等>
 ハエダさんが車の中で話してくれたニュー人ランド事情を少し紹介しておきます。最初はニュージーランドの列車事情です。結論だけ先に言いますと、非常に不便で、時間もかかるようです。平均時速が50~60kmで、最高時速も80kmですから、高速道路を走る車に比べても、かなり時間がかかるようです。そして、何より運行本数が少ないようです。
 次に車の方です。運転免許は15歳から取得できるそうですが、3年以上の運転経験者が助手席に同乗する限定付の免許です。免許試験の車は自分の所有車でよく、試験官を横に乗せて、30分ほどの路上試験があるようです。その上の中間クラスの免許と最上級のフリークラス免許がありますが、フリークラスを取得するには、やはり日本と同じように18歳位になるようです。1時間の同乗試験と筆記試験があります。
 話は変わって、経済や税金のことです。小学校は5年、中学が2年、高校が5年制の12年ですが、高校3年までが義務教育です。18歳になると、一旦社会に出て、働いた上で、自分の進路を決定するのが、一般的なようです。大学の費用は、国が肩代わりしてくれ、社会人になった後は、計画的に返済されるようです。
 消費税は12.5%で、老後の年金制度はきちんと整備されています。給料は週払いで、貯蓄の習慣はありません。所得税は20~30%です。国の財政状況は良く、税率引き下げ論議が出ているようです。
 他にも、ワイタンギ条約、エリザベス女王と6代目のマオリ族の女王のことなど、面白い話をお聞きしましたが、もうワイトモに到着しました。

<土蛍見学>
 ワイトモでの見学地は、グローワームと呼ばれる鍾乳洞での土蛍見学です。ボートに乗っての見学でした。今回の旅行で、一番印象に残った幻想的な光景でした。天井に群生して青白い光を放つ土蛍の光景は、まるで天の川か、プラネタリュームで覗く、満天の星空のようでした。
 土蛍は音と光に敏感ですから、写真撮影は厳禁です。しかし、写真にしてみても、現実に見た光景が、うまく再現できるとは思えない、神々しい光の演出でした。私語も禁止でした。静寂な中で、天井から滴り落ちる水滴の残響が微かに洞窟に響き、その音は今も耳に残っています。
 ニュージーランドへの旅行の機会があったら、ロトルアの土蛍の見学だけはお勧めします。これ以上の説明は止めておきます。付録に土蛍に関する簡単な説明を添えておきました。

<ロトルアへ、レストランはゴンドラに乗って>
 土蛍の見学の後は、ロトルアへの移動です。2時間ほどの行程です。途中、ニュージーランド最長のワイカト川を渡りました。橋を渡る時、運転手さんが徐行してくれましたから、車から写真撮影が出来ました。
 予定通りに13時前には、ワイトモに到着しました。見学の前に昼食です。レストランは、ゴンドラに乗って昇った場所です。晴れた日ですと、後ろに聳えるマウント・ノンゴタハの山頂と、ロトルア湖が一望出来るようです。雨はほとんど上がりましたが、霧が立ち込めていました。
 レストランはバイキング方式でした。海産物ではムール貝やキングサーモンなど、肉類では子羊肉、ラムや、各種のハムなどが用意されていました。野菜も種類豊富でした。
 折角の馳走ですから、魚介類に白ワイン、ラムに赤ワインを合わせることにして、同時にグラスワインを注文しました。銘柄は分かりません。いずれもハウスワインでした。1杯6ドル50セント、合計13ドルです。十分に、山の中腹でのランチを堪能しました。

<動植物園見学>
 最初にキーウィバードのことをお話ししておきます。ニッポニア・ニッポンの学術名を持つ、日本では絶滅した朱鷺と同じような運命を辿り始めています。日本の場合は、中国の支援を受けて繁殖に成功し、数年後の自然繁殖を目指すようですが、ニュージーランドの国鳥、キーウィバードは、この地以外、地球上のどこにも生息していません。
 そのキーウィバード、ハエダさんは3回目で始めて動いているところを見学できたそうです。薄明かりの中で忙しく動き回り、長い嘴を使って、餌のミミズ等を探していました。
ハエダさんからはロトルア湖に面した公園で見かけた、キーウィバードと同じように飛べない鳥、「プケコ」と「タカヘ」の話も聞きました。名前が面白い鳥ですが、こちらも良く生き残ってきたものです。
 植物園では巨大なシダ類、大きな葉のウラジロなどが印象に残りました。鳥類ではインコや白鳥類がケージに飼われていましたが、ロトルア湖で見かけた野性の鳥、プケコとタカヘのほか、黒鳥等も印象的でした。
 動植物園は自然湧水の公園内にあり、各種の鱒科の魚、とりわけ、突然変異した青色の鱒には始めてお目にかかりました。

<牧羊犬、羊の毛刈ショー>
 羊の毛刈ショーがロトルア名物の1つです。スプリングファームがその会場でした。毛刈ショーに先立って牧羊犬による羊コントロールのショーがありました。時間を競う公式の競技種目にもなっているようです。吠えたり、睨みを利かせて、所定の場所を通過させたり、追い込んだりする競技です。吠える犬と、睨みを利かせる犬とは別種です。残念ながら、この日は時間内にはコントロールできませんでした。
 ショーに先立って、視界の人が出身国を居巣で尋ねていましたが、地元の人、ニュージーランドの遠くから来た人、オーストラリア、イギリス、イギリス以外のヨーロッパの人等、多様でした。一番多かったのが、何組かのツアーで参加した日本人でした。
 毛刈ショーの羊は、狭い通路に群れを誘い込んでから、選り分けられました。台の上に上げられた羊は、最初は嫌がっていましたが、急に大人しくなって、まるで催眠術にかけられているようでした。日本には「まな板の鯉」という諺がありますが、「毛刈の羊」がぴったりの光景でした。
 電気バリカンを使って、アッと言う間に刈上げられて、丸裸になって仕舞いました。この後は、早く体力を回復させ、毛が生えるよう、沢山の青草が与えられるようです。
 この日、一番驚いた話しは、羊の値段のことでした。聞き間違えでなければ、1頭の値段が50ドル、日本円で4千円余りということでした。吃驚する安い値段でした。

<間欠泉、伝統技術訓練所見学>
 日本とニュージーランドの温泉事情は大きく異なります。このロトレアでは、間欠泉が枯渇しないよう、温泉の汲み上げが法律で規制されているようです。温泉に入る習慣の日本と違い、専ら目で見る方の、観光を優先させているようです。
 最初に見学したのが蛙に因んだ名前が付いた温泉でした。昔見たことがある、別府温泉の地獄温泉に似た泥沼のような温泉です。泡が弾けて泥飛び跳ねる様が、蛙に似ています。
 小雨が降り続く天候でしたが、その雨雲に向かって、白い噴煙が高く上がっていました。間欠泉は、1日に8回ほどは噴煙を上げているとガイドブックに記載されていました。
 最後にマオリ族の伝統技術である、彫刻を教える訓練校を見学しました。10名余りの人が、大きな丸太や厚い板に向かって、彫刻技術の伝承に真剣に取り組んでいました。

<最後の夜も、お寿司の店で>
 ロトルアからオークランドの帰路は約3時間のコースです。一度トイレ休憩を取っただけで、順調に高速道路を走りました。予定では、17時にロトルアを出発して、20時にオークランド帰着でした。
 道路が混雑してきたのは、オークランドが近づいた時でした。脇道が無いようですから、流れに従う以外は無いようです。右前方にスカイタワーが見え始めた頃からは、高速道を降りる車も増えて、次第に混雑が緩和されました。結局、予定通りの20時頃にスカイタワーの前のホテルに到着しました。町の中心部に近いので、他の乗客の人も、何人かこの場所で降りました。
 私はホテルの部屋には戻らず、そのまま、お寿司屋さんのニッコーに向かいました。閉店の10時までには十分な時間がありました。この日も、スモールサイズの刺身と握りを注文しました。韓国、全州出身の厳さんとは、メールアドレスを交換し、再会を楽しみにお別れしました。本当に美味しい魚を頂戴しました。


  ワイトモ鍾乳洞で
 満天の空と見紛う天井の青き光に極る神秘

 息潜め暗き洞窟進む時滴る音の暫し尾を引く

  間欠泉で
 空覆う雲を吐き出すロトルアの白き噴煙谷間に満つる

  絶滅危惧種キーウィバードに寄せて
 朱鷺に似て絶滅辿る飛べぬ鳥息吹き返せ国鳥故に

 暗闇に忙(せわ)しく餌を探しおり落葉を漁る長き嘴

【旅行時期】2005/06/20~2005/06/25
【エリア】ワイトモ・ケーブ
【テーマ】大自然・動物
【投稿者】旅人のくまさん

いつか見た映画のような旅 ~二千六百年の時を経た水の都を訪ねる~ タケオ州(by クロマーさん)

ケージ
いつか見た映画のような旅
二千六百年の時を経た水の都を訪ねる

雲煙過眼(うんえんかがん/雲や霞がたちまち目の前を通り過ぎるように、その場限りで、心に留めないこと。わだかまりや悩みが消え、さっぱりした気持ちになること)。六ヶ月毎に移り変わる二つの季節、雨季と乾季。初めてこの地に訪れる者にとっては新鮮に映る季節の流れであるが、この地に生を受けた者にとっては当たり前のことであり、それが何故なのかと考えるものはいない。アンコール王朝の栄える遥か昔より、ゆっくりと時代を重ねてきた水の都「タケオ」。雨期に入るとゆっくりと水に浸されていく大地と、乾季になると干上がっていく大地。流れに逆らうことなく上手に生きている人々と、その生活に出会う。

出発 第1日目 午前 プノンペン~タケオ
 経済が上向いてきている。そうはっきりと分るほど、街には建設中の建物が目立ち始め、真新しいバイクと高級車が青信号を待っている。そんな中、毎日のように地方から集まってくる出稼ぎ者にとって、信号機は初めて見るものであり、「青から赤」に変わる意味をここで初めて知る。他の者を見習い、きちんと待つ者もいれば、待ちきれないとばかりにじりじりと少しずつ停止線を越す者もいる。曲芸のように行きかう車をすり抜ける者もいるが、木陰に待ち構えている警察官の、少しだけ贅沢な夕食に貢献することとなる。急激に成長している経済と、人々のライフスタイル、インフラとのバランスがとれていないのだろう。高級車が我が物顔で走る道路脇には、手押し屋台やシクロ運転手が、交通の流れ、そして時代の流れに乗り遅れながら戸惑っている。
 休日だからだろう、いつもより少ない交通渋滞と、流れていく人々を横目に見ながら、プノンペンの町からから郊外へと向かっていく。途中、フランスパン屋台でフランス植民地時代から変わらないという味を楽しむ。遠足だろうか、小さなワゴン車に20名ほど詰め込まれた子供達が、窓からくたくたの紙幣と引き換えにフランスパンを受け取っていた。
 地元民ご用達のリゾート「トンレバティ湖」。リゾートと言っても日本人が思い描くようなものではない。ミルクコーヒー色の湖の上には、小さな安普請のコテージが建ち並び、そこで友達や家族皆で持ち込んだ食事を楽しむといったものだ。もちろん近くの屋台や、時折やって来る売り子から買うこともできる。
すぐ近くにはアンコール時代の遺跡「タプローム」寺院が佇んでいる。大木の下にバイクを停めようとすると、近くの椰子の木陰で休んでいた子供達が、駆け寄ってきた。まだ開いていない蓮の花を、神々への捧げ物として献花しろという。白い歯を見せてニコリと笑顔をみせた子供から一本だけ買い、寺院の門をくぐる。花代にはガイド料も含まれているのだろうか、裸足の子供達がヒットソングを口ずさみながら、楽しそうについて来る。中央寺院に到着すると心地良い木琴の音色と線香の香りが流れてきた。寺院内に佇む仏陀立像に花を捧げ、寺院随所に残された、美しい彫刻を見て廻った。
 子供達の案内のもと、タプローム寺院に隣接するジェイポウ寺院へと向かう。寺院敷地内に足を踏みこむと、様々な奇異な彫像に目を奪われた。凶暴そうな黒い犬に追いかけられ、木の枝にしがみついている老人、何かにむしゃぶりついている猿人、やかんを持ち、虎模様の衣をまとい、杖を突きながら歩く白髪の仙人などが所狭しに集められている。お伽話や、神々の話を具現化したものなのだろう。残されていたジェイポウ祠堂を散策していると、子供達は大きな葉っぱのような昆虫を捕まえて大はしゃぎしていた。
 子供達に別れを告げ、二号線を南下すると「プノンタマオ」に到着した。ここには二つのクメール遺跡と、カンボジア最大規模の動物園「タクマウ」があり、多くの地元民が遠足に訪れる。動物園と言っても、広大な土地をいかしたサファリーパークのようになっており、カンボジア国内外から集められた様々な動物や爬虫類、野鳥などが種別され、敷地内に点在するケージで飼育されている。
広すぎる園内移動は、自分達が乗ってきた乗り物となるのだが、元気いっぱいの子供達は歩きながら見学している。しばらくして、安いレコーダーから流れ出るような音楽と、拡声器の音が鳴り響きだすと、子供達はいっせいに音の鳴る方へと走りだした。
人だかりの頭越しに、灰色の大きな物体が左右に動いているのが見える。人だかりをかき分け前に進むと、軽快な音楽に合わせて大象が頭を揺らし、ステップを踏みながら踊っている。音楽が鳴り止むと、調教師はサッカーボールを取り出し、象に向かって蹴りだすと、きちんと調教師に向かって蹴り戻す。それが繰り返される。その一挙一動に、集まっている子供はもちろん、大の大人が歓喜の声をあげていた。

1日目 午後 プノンペン~タケオ
 カンボジアの道路は面白い。地域ごとに異なった名物が道路脇の小さな屋台で売られている。フルーツ屋台はもちろん、今朝切り落とされたばかりの牛が、暖簾代わりに屋台にぶら下がっていたり、近くの田圃で捕獲されたばかりの栄養価満点の蛙が串刺しとなり炭に焙られていたりする。また、パゴダ近くでは2メートルを超す巨大な男女の人形が、楽器演奏に合わせて踊りながら、通行する人々から新しい寺院建設費に充てるために喜捨を受け取っている。
小高い山の頂に、アンコール時代に築かれた寺院「プノンチソー」へとバイクを走らせる。山麓には小さな村があり、高床式の機織り家屋が立ち並んでいる。暦の上では休日であるのだが、村に住む者達にとってはあまり関係ないらしく、「カタン、カタン」と心地よい音が聞こえてくる。
400段を超す階段を一歩一歩登る。中腹に差し掛かると白い衣を纏った老人が声をかけてきた。ゆっくりと、だがしっかりした声だ。山頂の寺院に住んでいるという。毎日この階段を上り下りしているのだろう、年齢を感じさせない軽い足取りで山頂へと向かう。内戦時、アメリカの空爆により破壊されたという寺院中央塔頂部はトタン屋根で覆われており、ひんやりとした寺院内部には数体の仏陀像が鎮座している。先に訪れていた地元信仰者に倣い、焼香していると、老人は小脇に抱えていた布バックから手書きのお守りを取り出し、僕の手に握らせると旅の安全を祈願した。
到着したタケオの町はだだっ広いが、目立った建物はほとんどない。とりあえず目についた小さな宿にチェックインし、荷物をときほどいた。

2日目 午前 タケオ~プノンバイヨン地域
眠っているうちに雨が降ったようだ。大気中を舞っていた微粒子が雨と共に大地に叩きつけられ、気持ちいいほどの青い空が広がっている。
 町外れにある、故タモク邸を訪ねてみる。故人はポルポト派最高幹部の一人であったが1999年にカンボジア政府に身柄を拘束され2006年に病死した。古ぼけた大きな白い家屋は、大きな湖にぽかっと浮かんでいる小島の上に建つ。今にも崩れ落ちそうな橋を渡ると、ハンモックに揺られていた警備員が気だるそうに首をあげ、声をかけてきた。現在は警察官の訓練所となっているのだそうだ。
 タケオというと、日本人にとって耳になじみやすい名前である。国連平和維持活動の一環として、日本の自衛隊が初めて他国に派遣されたのがこの地であったことも手伝ってか、今でも頭の隅っこにこの名前は残っていた。その駐屯所跡地へと向かってみた。何もないだだっ広い土地、所々剥がれているアスファルト道の先には、白いプレハブ小屋と、壊れ果てた車が一台、ポツリと残されていた。
 さっきまで見えていた青空が、西の空から流れてくる灰色の雲に覆われていく。すぐにでも雨が降り始めそうな気配だ。ベトナムとの国境地域に残されているクメール遺跡群へと向かう途中、道路いっぱいに広がるアヒルの行進に道をふさがれた。この周辺の田圃は降雨により水没し、水嵩が増した近くの川からフナやナマズなどが流れ込む。それらを餌としたアヒルの育成が盛んなのだ。
 

2日目 午後 プノンバイヨン地域~タケオ
 降り出した大雨を避けるために小さな屋台で軒を借りてから、かなりの時間が経過している。軒から流れ落ちる水滴の向こうには、遺跡が眠る山が見えるが、山頂部は深い霧に覆われている。雨が小降りになった頃を見計らい、近くの屋台で売られていた使い捨てのビニール合羽を羽織って出発した。
辿り着いた山には合計5つの寺院が、二つの尾根に分かれて点在しており、道とは言い難い山肌を徒歩で登らなければならない。膝丈の雨合羽の中でまとわりつく湿気、ずぶ濡れのジーンズとスニーカーが、気力と体力を奪っていくことがはっきり分る。寺院に近付いたのだろうか、濃霧に包まれ、視界はほとんどないが、足下には大昔に削りだされたと思われる、ラテライト石が転がり始めている。急な突風により流された霧の間に、寺院とおぼしきシルエットが映ったかと思うと、すぐに霧の中に消えていった。もうひと踏ん張りだ。転がっていた石がきちんと並び始め、階段として体をなしはじめた。両脇にはひと一人入るのがやっとの小屋が建ち、白い衣を纏った比丘尼が屋内から覗いている。こんな雨の中、霧の中から現れた外国人に興味を持ったようだ。
「プノンバイヨン」寺院。レンガ造りの一基だけの寺院だが、寺院の中に寺院が入っているという二重寺院であり、空中宮殿の壁画が外周に刻み込まれている。寺院内部から霧がかった世界を眺めていると、いつの間にか雨は止みあがり、風の向くまま流されていく霧の向こうには隣国であるベトナムの大地が広がっていた。
 暗闇が辺りを包み始めた頃、戻りついたタケオの町は、どことなく活気付いており、街道には行き交う人々で溢れている。人々の流れの中心からは大きなスピーカーから大音量の歌声とアナウンスが聞こえてくる。地元のビール会社がカンボジア各地で行っている無料コンサートだ。広い野外会場いっぱいに集まった観衆はコミエンテターの言葉に一喜一憂し、退屈な毎日を吹き飛ばすかのように、いつもより長い夜を楽しんでいた。

3日目 午前 タケオ~アンコールボレイ地域
 タケオの町から、大昔に旧都市がおかれていたアンコールボレイへと向かう。この地へと辿り着くためには、ベトナムとの交易に利用されていた運河をスピードボートで向かうか、大幅に迂回した陸路を時間かけて行くしかない。貸し切ったボートはぐんぐんとスピードを上げていく。ボート前面は浮き上がり、逆V字の波紋を土手へと投げかける。真っ直ぐに延びた運河は、後の時代に幾度も整備が重ねられている。投網で漁を行う人々、手漕ぎボートでアヒルを追う親子、背景のように広がる田園には菅笠をかぶり農作業を行う人々が、風景にとけ込んでいた。
 小さな町に隣接する小さな港の脇にあるアンコールボレイ博物館。ここに訪れる観光客は一日に十人といないため、観光客の姿を見かけた近くの住人が管理人に連絡し、施設の鍵を開けてくれる。館内には周辺で発見された彫像や陶器が多数展示され、その一角には近年発見されたばかりの2600年前の人骨が展示されている。暇を持て余している管理人に案内をお願いし、人骨の発掘現場である「ワットコムヌー」パゴダへと向かう。旧都市の中心地であったというこの地には立派な現代寺院が建っているが、その脇の小道を下った民家の軒先には、博物館に展示されていた人骨や陶器が発掘された現場が、雨避けのトタン屋根に覆われ残されていた。

3日目 午後 アンコールボレイ地域~プノンペン
 でこぼこ道を南下すると、小さな丘の上に、茶色い塔がぽこっと頭を覗かせる。今回最後の目的地に到着だ。丘の麓には五つの人口洞穴があり、それぞれにはリンガの台座や新しく持ち込まれた石仏等が祀られている。大昔には、この丘を祀る何らかの儀式が行われていたのだろうか。丘へと続く階段を上ると、赤茶色の巨大なラテライト祠堂が聳え立ち、大昔から続く水の大地を見守っている。
寺院脇に備え付けられたシートに深く腰をかけぼんやりと空を見上げる。昨日の大雨が嘘の様に、青く広い空を眺めていると、旅の疲れがスーッと抜けて行く気がする。ふと、周辺を見渡すと、緑の木々を縫う様に真っ赤な火炎樹が広がり、熱帯のこの地に訪れることのない秋の気配をもたらしていた。

【旅行時期】2008/05/02~2008/05/04
【エリア】カンボジア
【テーマ】古城・寺院めぐり
【投稿者】クロマー

猫カフェの休日その2(by スノービーさん)

ケージ
またまた猫カフェに行ってきました!
午後1時ちょっと前に入店したところ、猫さんたちはほとんど
昼寝してました。
しばらくすると、ちょこちょこ起きだして、遊んでいただきました。
そして、新入りの猫ちゃんにご対面してきました~。
まだケージに入っていて、さわることは、できなかったのですが、
せまいケージの中で、二匹じゃれててとっってもかわいかったです。

【旅行時期】2008/12/27~2008/12/27
【エリア】大宮
【テーマ】自然・動物
【投稿者】スノービー

雲南省シーサンバンナ(景洪)戦記(その5)(by きゃわださん)

ケージ
3月28日

 昨日の到着が遅かったため、朝9時にホテルを出発する。朝食は町の中にある小さな食堂で麺を食べる。その後、緑春の市場を見学。

 市場にはハニ族のおばちゃんたちがいっぱいいて、豆腐やらこんにゃくを量り売りしていた。ただし、彼らは写真撮影があまり好きでないようなので、正面から取らせてはもらえなかった。市場を奥のほうに進むと、野菜コーナー・肉コーナーと続いていた。肉コーナーには小動物も置いてあるけれど、新鮮さを保つためなのか、ペットショップのようにケージに入れている。ニワトリやアヒルはもちろん、ハト・子犬・カエルなどなど種類は様々。ちょっと子犬の寝顔を見てしまうと、これが食材であってほしくない。一通り緑春の市場を見学した後、元陽に向かう。

 ここからはもうクネクネまがった山道。昨日に比べれば道はまともだが、なかなか厳しい。それでも途中で見ることが出来る棚田の景観は人間(中国人?)のパワーを思い知らされる。

 昼過ぎになっても元陽には着かない。途中の村で昼食をとることにする。食堂の向かいが小学校になっていて、なぜか小学生から見られながらの昼食になった。輝さんのリクエストで犬のスープが登場。初めて食べてみたが、そんなに臭くなくて普通のスープだった。でも、朝の市場で見た犬がフラッシュバックしてあまり進まなかった。それでも味は悪くないので、犬食については気持ちの問題が9割だろう。結構な料理を注文したので、また大量に残してしまった。食事を残すことについて、中国人は気にしないことはわかっていても、やはり日本人として気になるところだ。

 昼食をとった集落を出発して1時間ほどで、猛用という場所に到着。車を停めて、写真撮影をする。ここから見える棚田の景色はなかなかの迫力だ。ただし、土産物を売りつけてくるおばちゃんたちがしつこい。そこは軽くいなして、写真だけとって撤収。観光地ならではの景色だ。

 猛用からまたしばらく進んだところに元陽はあった。元陽の町は2つにわかれている。1つは山の頂上付近にあるもともとそこにあった町、もう1つはそこから30キロくらい山を下ったところにある新しい町だ。棚田が有名な観光地として知られているが、ここにくるまでに結構棚田の写真を撮っているので、この町はスルー。新しい町まで降りて、比較的まともな道で建水に向かう。道の途中で建水に魯さんの知り合いがいるのか聞いたところ、建水にはいないということだった。知り合いがいるほうがいろいろ便利ではないかと尋ねたところ、魯さんが携帯電話で友人に連絡し、建水から50キロくらい北上した場所にある通海という町まで行くことになった。

 通海に着くと魯さんの友人がレストランの前で待っていてくれた。導かれるように店の中に入ると、6人くらいの中国人が、鍋を中心にした円卓に座っていた。毎回のことなのだが、こういう状況は非常に危ない。案の定、宴会が始まれば白酒がバンバンやって来て、異常にテンションの高くなった中国人から干杯の嵐。たまらん。それでも今回は魯さんとその友人が味方になってくれたので、相当助かった。それでもやはり夜は寝付けず、トイレに数回駆け込んだ。恐るべし中国式宴会。

【旅行時期】2008/03/24~2008/03/30
【エリア】西双版納
【テーマ】大自然・動物
【投稿者】きゃわだ